教員ブログProfessor's blog

採点と添削の悩み

和氣圭子

日本語のクラスでは、ほぼ毎回宿題が課され、課が終わるごとにテストが実施されます。毎日宿題をこなし、テストに備えて勉強する学生も大変だろうと思いますが、教員にとっても提出された宿題を添削し、テストを採点するのはなかなかの、いえ、かなりの重労働です。

漢字の読み書きや多肢選択式で正誤がはっきり判断できる問題は採点にも悩みませんが、文完成や短文作成となると単純にはいきません。何を言いたかったのだろう、何を間違えてこの答えになったのだろう? と推測をフルに働かせ、「ねこをたべました」とあれば、“肉”を食べたんだな、母音の誤りは母語の影響かな、等々と考えつつペンを入れます。もちろん、推測はよく大はずれもし、先学期は「風邪をひいたときは、スッポを食べます」というのを、スッポンかなあ、日本人に聞いたのかしらん? と疲れた頭で添削したら、実は“スープ”だったということがありました。

これらは初級の例ですが、習得が進んで複雑な文や文章を扱うようになるにつれ、訂正あるいは減点すべきかどうか、判断に迷うような解答も多くなっていきます。また困ったことに、ちょっと不自然かなと思う文でも〈3回唱えれば正しくなる法則〉があり、繰り返して読むと内省(自分の知識を用いた判断)が効かなくなって、これでいいんじゃない? と思えてしまうのです。

そういう時、辞書や辞典、今ではネット検索で用例を探すという便利な手段も使えるようになりましたが、頼りになるのは教材準備室で同じように添削・採点作業に取り組んでいる先生方です。授業後には何人かの先生方がせっせと仕事をしていらっしゃるのが常ですから、申し訳なくもちょっとおじゃまして、この文、どうでしょう? と尋ねてみます。そうしていろいろ話すうちに、判断の落としどころがついてきます。直接人と話すことが助けになります。

ただ当然と言えば当然ですが、同じ日本語教師でも、言語に対する判断基準はそれぞれ異なっており、訂正・減点すべきかどうかの意見が分かれることもよくあります。そもそも言葉の使い方に“正しい”“誤り”という判断を当てはめるのは難しい――単純に正誤で二分してしまうのは非常に危ういことです。周りの先生方と話すのは、判断を確定させるためでもありますが、自分の持つ基準が絶対ではないこと、異なる捉え方があることを確認する機会にもなっています。

学生のみなさんは、返却された宿題について、この前は直されていなかったのに今回は直された、ということがあるかもしれません。それは先生がいい加減なのではなく、悩みつつ添削をしているからかもしれない、と受け取ってもらえるとありがたいです。

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